てつねこくおりてぃ

私の好きなことを書くブログ

【エッセイ】傘

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ビニール傘と折りたたみ傘で過ごすようになって、もう何年にもなる。
薄暗い雨空を彩る華やかな模様の傘や、繊細さを思わせる骨の数の多い番傘ふうの傘への憧れがないわけではない。
私だって、素敵な傘を買い、愛着を持って使いたいと思うのだが、そんな思いとは裏腹に、傘はあらゆるところで、ちょっと置いてそのままになり、私の手元を去ってしまう。
一方で、出かけた先で雨に降られて、お店の人が誰かの忘れ物の傘を貸してくれたりする。
そうしていつしか、「傘は天下の回り物」そう決め込んで、手頃な傘を買うようになっていた。
 
初めから去ることを想定している傘は、私から去るのも早い。
けれども、私とて、決して傘を失いたいわけではない。出来るだけ長く使いたい、出来れば長く私のそばにいてほしいと願っている。
傘の持ち手に目印を着けたりして、それなりに自分ものという意識は失ってはいない。
 
そんなある日、私は、雨の中、出かけた。
その日の天気予報は、雨が降り続き、傘が手放せない1日になるとのことだった。私にとっては、1日中、傘に気を配り続けなければならない、苦手な日だ。
 一番の難関は、電車を降りる瞬間だ。特に、座席に座れたときが危ない。座るとすぐに眠くなるし、慌てて降りたらもう傘はなしというのが、よくある流れだ。
近頃は、さすがの私も日々の経験から学習し、傘の持ち手をバックの持ち手と絡ませるという作戦を実行している(ただしこの方法は、電車を降りるときに、傘が足に絡まるという危険性があって、注意が必要だ。)。
 
さて、その日は、目的地手前のコンビニエンスストアに立ち寄り、入り口の傘立てに置いて中に入った。そしてわずか数分の買い物を終えて店を出ると、傘は傘立てから消えて無くなっていた。
日頃の行いから、もしや電車に忘れたかとも頭をよぎったが、確かに私は傘立てに傘を置いた。忘れないようにと、傘を置いた位置を確認したときに見た、持ち手に巻いたピンクのマスキングテープが目に焼き付いていた。
 
その後、雨が上がったのか、傘をなくした私がどうしたのか全く思い出せない。
けれども、 この傘を失えば、1日困るであろう人がいることを知りながら、明らかに自分のものではない傘を手にすることができる人がいるということが、私の気持ちを重苦しくした。
空っぽの傘立てに、人の悪意が残されていたことは、今でも思い出される。
 
折しも今日は雨。
傘のように、私の暗い想いも、どこかにふっと置き忘れてしまえたらいいのにと思うが、そうはいかない。
私は、相変わらずビニール傘を握りしめ、この傘もどうせ私の元を去るのなら、善意を乗せて、何処かの誰かの役に立ってくれればと思う。
 
 
*エッセイ的なもの