うそ日記
これは、私の日記ではありません。
うその日記です。
1−2016 8月30日
朝、目が覚めたら、なんだか違う。
いつものように目がしょぼしょぼしない。いつもは、目が覚めて最初に見る目覚まし時計の文字が霞んで見えない。なのに今朝は、秒針の動きまで、はっきりと見えるなぜだろう。
ほかに、ベッドから「よっこらしょっ」と言わずに、起き出すことができた。
ふわふわと歩いて洗面所の鏡を見て、ようやく気がついた。20歳の私になってた。
「げ。若い。」
また、またあのやり直しかと思うと、げんなりした。
若いのなんて、もういいのよ。
2−2016 8月31日
「ほい。」
あいつからおもむろに渡された紙袋は、リボンも何もないそっけないものだったが、どうやら私への誕生日プレゼントだったみたいだ。
中を見ると、ハンドクリームが入っていた。私好みの甘くてフローラルな香りがする可愛らしいものだった。
こんなのを選ぶなんて、あいつらしくない。私と手をつなぎたいということか。
そう言ってくれればいいのに。
3−2016 9月1日
明日から絵画展が始まる。
ぞろぞろと多くの人が通りすぎて、立ち止まっては、私を見つめることだろう。
だけど私は、ただ1人を探している。私を描いたあの人を。
4−2016 9月2日
電車に乗って、親戚のところへ行く途中、母に連れられて百貨店へ買い物に寄った。
化粧品売り場なんて、中学生の私には、興味のないものばかりだったけど、売り場の角に置かれたハートをかたどったような柔らかいラインを描いたピンク色の瓶の前で私は立ち止まった。それは、見たこともない香水の瓶だった。
私はいつか、キラキラした大人になって、この香水をいつか買おうと強く誓った。
5−2016 9月3日
最後に手渡されたライターは、予想以上に重かった。
一人残った部屋で、そっとテーブルに置いたら、あなたのいない明日の軽さを知ってしまったようで、胸がつかえた。
タバコでも吸ってみようかな。
6−2016 9月4日
お昼はラーメンだった。スープで体を温めたら、麺をずるずる。
真ん中がオレンジ色に、てらてらと輝いている煮卵を、最後の最後に食べた。
美味しいものは、綺麗なんだね。
7−2016 9月5日
町の寂れた商店街に、ひっそりと文房具店はあった。
一歩入ると、壁にずらりと万年筆が、並んでいる。
万年筆は背面からライトで照らされ、神々しく輝いていた。
いつか私の魔法の杖となって、物語を紡ぎ出すのを待っているのだ。
8−2016 9月6日
静かにエンドロールが流れて、私は、彼の横にくっついて、明るい方へと歩き出した。
映画館を出たら、蒸せ返る空気の向こうに、虹が見えた。
あっと思ったら、あいつが私の手をとって、歩き出していた。
9−2016 9月7日
日曜日には花を買って、部屋に飾る。
テーブルの上で、買ってきた花を包んでいた新聞紙をほどいた。
しわくちゃになった新聞紙には、数日前の青々とした空とそびえ立つ入道雲の写真が掲載されていた。
暑かった夏を愛おしく感じた。
10−2016 9月8日
家に帰ると、パズルのひとかけらが、ポケットから出てきた。
今頃まだ、あいつは、一人の部屋で、パズルと睨み合っているのかな。
これで、最後の1つをぐっと押し込む、その瞬間は、私がいただきだ。