最近、またヨガを習い始めました。
私は、趣味があるという状況がとても好きです。
編み物、縫い物、園芸、読書、ドライブ、水彩画、バイク、ダンス、スノーボード、ヨガ、ランニングなどなど、飽きてはまた始めるの繰り返しですが、常に何かしらの趣味と一緒にいます。
趣味なしの私は、ありえないのです。
そんな中、ヨガは、それなりに続いています
ヨガと一言に言っても、ヨガならなんでも良いというのではありません。とあるヨガインストラクターさんから学ぶヨガが、好きなのです。
思えば、彼女との出会いが、私のヨガライフの始まりであり、今や彼女のあのヨガでなければならぬ、という具合です。
というのも、彼女のヨガには、他にはない特徴があるのです。
実際に測ったわけではないのでわからないけれど、ひとポーズに3分はかけています。
そのひとポーズの長さたるや、たった3分されど3分。
とにかく一つ一つのボーズに、ゆうーっくり時間をかけて行うことで、今の動作がどこに効いているのか、体の方から教えてもらえる感じがありますし、深い呼吸とともに、徐々に体が伸びていく感じを実感することができます。
加えて、時間をかけて自分の体を向き合う間、彼女は取り留めのない話をよくします。その話は、結論があるようでなく、意味がないようであり、とはいえ、記憶に残るというような不思議な話です。
ヨガの空間全体が、彼女のオーラに包まれているようなそんな感じがします。
私はその空間が好きなのかもしれません。
さて、先日、彼女と、そしてヨガ友と私で、お酒を飲む機会がありました。
ヨガ友は、私がヨガに誘い込んだ初心者で、「先生、ヨガって、毎日してもいいですか。」「続けていれば、いろいろなポーズができるようになるでしょうか。」などなど、彼女に聞いていて、早く上達したいと前のめり気味。
「若い時は、一攫千金を目指していたんですよね。」と彼女。
「空の星のような高いところの目標も、パッとつかめるような気がしていたんですよねー。」
「私もそうでした。」とヨガ友。
「目標は高く、遠いところに感じて、多くの人が、すぐにその目標に飛びつきたがるんですよね。
だけど、目標への道は足元の小さい一歩から始まっていると思うんですよね。この小さい一歩なくして、目標へはたどり着けないんです。
そのことを忘れている人が多いと思いますよ。」
ふむふむとうなづき、言葉を失う私とヨガ友。
ヨガも、いろんなポーズがあって、早くそのポーズが取れるようになりたいと結果を求めがちだけれど、 ヨガのポーズを極めるにしても、1ミリ1ミリ近づけていくしかない。
ヨガをしながら、ゆっくり自分と向き合い、そうしていつか目指すポーズが取れるようになる頃、また違った私がそこに待っているような気がします。
私はそれを楽しみに、これからもヨガに励んでいきたいなぁと思っています。